【コラム】ベトナムの魚醤完全ガイド|ヌクマムからマムトムまでの種類を解説

はじめに

ベトナム料理の味の決め手となる「魚醤(マム/mắm)」は日本の醤油のように、ベトナムの食卓には欠かせない発酵調味料です。本コラムでは、さまざまな「魚醤(マム/mắm)」の魅力をベトナム料理とともに紹介します。ベトナムの魚醤は100種類以上あるとも言われているだけでなく、新たな種類が次々に生まれています。新鮮な塩と魚介類を発酵させて作られるこの調味料には、豊富なタンパク質だけでなく、様々な旨味成分が独特の風味を生み出すアミノ酸の宝庫であり、栄養価も優れています。

ベトナム食文化の概要

ベトナムの大地は南北に長く広がり地形の変化に富んでいます。気候や地域ごとに食文化や味付けは異なるものの、大半の地域で米が主食になっています。
炊いた米「コム(Cơm)」、お米の麺「フォー(phở)」、丸く細い麺「ブン(bún)」、ライスペーパー「バインダーネム(Bánh đa nem)」(北部)「バインチャン(Bánh tráng)」(南部)、生春巻き、ちまき、餅、おこわ……など、米を原料とした食材は数え切れません。
また、多様な水産物を生かした料理が多く、ハーブ(香草)や野菜を存分に利用する点も特徴的です。

左上「コム(Cơm)」、右上「フォー(phở)」、左下「ブン(bún)」、右下「ライスペーパー」

また、多様な水産物を生かした料理。ハーブ(香草)や野菜を存分に利用する点も特徴的です。


ベトナム料理に欠かせない魚醤の種類と使い方

①「ヌクマム/ヌックマム/ニョクマム」Nước(水)mắm(魚介に塩を加えて発酵させた食品)


ヌクマムは最も広く使われている魚醤です。調理段階で用いたり、つけダレにしたりと日本人にとっての醤油のような存在です。

日本(秋田)の「しょっつる」、イタリアの「ガルム」、タイの「ナンプラー」、ラオスの「ナムパー」、カンボジアの「トゥックトレイ」などと基本的な製法は同じです。

ベトナムではカタクチイワシやアジが使われることが多く、塩と魚を壺や樽に入れ、冷所で熟成させたものの浸透液がヌクマムで、一番搾りが最も高級で、二番絞り、三番絞りとグレードが下がります。また、タンパク質含有量が高いほど栄養素が高く、保存期間も長くなるといわれます。グレードが高いものは風味も強く、つけダレなど生食に向いています。一方グレードの低いものは炒め物や煮物などの調理に適しています。
つけダレはライム果汁や砂糖、生姜を混ぜ合わせ食卓に出てくることも。
・「ヌクマムチュアンゴット」nước mắm(ヌクマム) chua (ライム果汁)ngọt(砂糖)
・「ヌクマムグン」nước mắm (ヌクマム)gừng(生姜)

ヌクマムを使用した料理


・「コムタム(cơm tấm)」 (写真の料理)
細かく砕いたお米のご飯と、豚肉などのおかずを乗せた料理。
・「ブンチャー(Bún chả)」 
細い米麺、豚バラ肉の炭火焼き、つくね、野菜などをヌクマムで整えたつけダレにつけて食べるつけ麺料理。北部ハノイの名物の一つ。
・「バインセオ(Bánh Xèo)」 
日本ではベトナム風お好み焼きと呼ばれる、豚やエビ、もやしが入っている南部の粉物料理。

②「マムトム」Mắm(魚介に塩を加えて発酵させた食品)tôm(小型の淡水エビ)

マムトムは主にベトナム北部を中心に広く親しまれている魚醤です。シュリンプペーストとしてその名前を聞いたことがある方も多いでしょう。小型の淡水エビを塩や白ワインなどと混ぜ、発酵させて作る調味料です。その香りの強さや旨みから、ハマる人にはハマるのがマムトムですが、「臭い!」と一蹴する方が多いことも事実です。ライム果汁や白ワイン、砂糖などを利用して香りを引き出し、味を整えて使います。

マムトムを使用した料理

・「ブンダウマムトム(Bún đậu mắm tôm)」 
揚げ豆腐や米麺、豚肉、野菜などをライム果汁や砂糖、唐辛子で調節したマムトムにつけて食べるハノイの名物料理。

ホーチミンシティで人気なブンダウマムトム(Bún đậu mắm tôm)のお店はĐậu Homemade(ダウ・ホームメイド)、市内に数店舗展開されています。

Đậu Homemade(ダウ・ホームメイド)

③「マムルック」Mắm(魚介に塩を加えて発酵させた食品) ruốc(小さなエビ)


マムルックは主にベトナム中部から南部でお馴染みの魚醤です。こちらもシュリンプペーストですが、マムトムとは製法や材料、色や使い方が異なります。なかでもフエのマムルックは古都の料理文化で重宝されてきました。マムトムが濃い紫色で、マムルックがより茶色に近い色です。発酵期間もマムルックの方が長く、より独特で濃厚な風味になりますが、一般的にマムトムの方が匂いが強いです。

マムルックを使用した料理

・「ブンボーフエ(Bún Bò Huế)」 
中部の都市フエの牛肉麺です。ホーチミンシティでも大変人気があり多くの人が、「フォーより、ブンボーの方が好き」と口にするほどです。サテ(sa tế)という唐辛子と油を混ぜた調味料が使われることも多いです。

④「マムケイ」mắm(魚介に塩を加えて発酵させた食品) cáy(小さなカニ)(淡水)

マムケイは主にベトナム北部、紅河デルタの沿岸地域で使われる魚醤です。サワガニのような小さなカニを利用して塩や酵母を用いて発酵させた魚醤で、淡い茶色をしています。基本的にはライム果汁、唐辛子、ニンニク、砂糖などを入れて味を整えてあります。

マムケイを使用した料理

ザウランルックチャムマムケイ(Rau lang luộc chấm mắm cáy)
こちらは「茹でた空芯菜のマムケイ添え」という意味となります。北部(紅河デルタ地帯)では空芯菜や茹でたサツマイモの葉などの野菜をマムケイにつける食べ方が人気です。マムトムよりも味が強いとも言い、ホーチミンシティでは見つけることが難しい魚醤の一つです。

⑤「マム・ネム」mắm(魚介に塩を加えて発酵させた食品)nêm(味付けされた)「マム・カイ」mắm(魚介に塩を加えて発酵させた食品)cái(一切れ)

マムネムまたはマムカイはベトナム中部、沿岸地域のクアンナム省、フエ省、ダナン省で親しまれている魚醤です。サバやカタクチイワシなどの新鮮な魚を塩漬けにして発酵して作られます。魚を粉末状にするときも丸ごと使う時もあります。両者の味はほとんど同じですが「マムネム」の呼称が一般的で、魚の形をよりはっきりと残す製法の魚醤は「マムカイ」と呼ぶようです。パイナップルやライム果汁、ニンニク、唐辛子、砂糖などを混ぜて味を整えて使います。ベトナム沿岸地域で、魚の保存の手段や技術の発展とともに登場したとされています。

マムネムを使用した料理

・「バインチャンクオンティットヘオ(Bánh tráng cuốn thịt heo)」
ライスペーパーに生野菜や豚肉を乗せて巻き、マムネムにディップして食べる料理です。ライスペーパーを使ったフィンガーフードは広く親しまれています。
・「ブンマムネム(Bún mắm nêm)」
ベトナム中部で有名なピーナッツやパイナップルが入ったのが特徴の米麺料理です。

こちらは、ホーチミンシティ内でブンマムネムを食べることができるお店は、Bún mắm nêm Dì Bảy Đà Đẵng(ブン・マムネム・ディーバイ・ダナン)。直訳すると、「ダナンのディーバイおばさん(愛称)のブン・マムネム」の店となります。フォーなどの他の麺料理よりもパンチの効いた味で、クセになる一品です。

Bún mắm nêm Dì Bảy Đà Đẵng(ブン・マムネム・ディーバイ・ダナン)

⑥「マムズォットカ」mắm(魚介に塩を加えて発酵させた食品) ruột(内臓) cá(魚)

マムズォットカはベトナムの各地域で親しまれていますが、特に中部の沿岸都市、カインホア省のニャチャン(Nha Trang)、ビンディン省のクイニョン(Quy Nhơn)、フーイエン省で有名です。サバ、マグロ、カツオなどの内臓を取り出し、塩と混ぜ合わせて発酵させた魚醤です。この中部沿岸地域では海産資源が豊富なことから、魚の内臓も無駄にせず利用する発酵調味料が生まれました。

マムズォットカを使用した料理

・「マムズォットカディア(Mắm ruột cà dĩa)」 
この魚醤は白ナスと一緒に食べるのが美味しいことで有名です。生産地が近い、中部沿岸部のレストランでは見つけることができるのですが、ホーチミンシティなど都市部では珍しい魚醤です。

⑦「マムムク」mắm(魚介に塩を加えて発酵させた食品) mực(いか)

マムムクもベトナム中部沿岸部のクアンガイ省、ビンディン省、フーイエン省などで親しまれている魚醤です。ホタルイカのような小型のイカを唐辛子や塩と共に発酵させた調味料です。風味を生み出すために、イカ墨や内臓を取り除かずに作ることもあります。

マムムクを使用した料理

・「マムムクコーティウ(Mắm Mực Kho Tiêu)」
胡椒とマムムクを使った豚肉の煮込み料理です。ご飯が進む一品として人気です。ごはんのおかずやつけダレとして使われることが多いです。

ホーチミンシティでイカからつくられた魚醤、マムムクを注文することができるお店はCơm Quê Mười Khó(コム・クエ・ムイコー)。Trường Giang(チュオン・ザン)というベトナム中部出身の人気俳優・コメディアンの方がオーナーで、中部の郷土料理を提供しています。

Cơm Quê Mười Khó(コム・クエ・ムイコー)

⑧「マムタイ」mắm(魚介に塩を加えて発酵させた食品) Thái(細切り)

マムタイはベトナムとカンボジアの国境付近、アンザン省のチャドウック地域(Châu Đốc)のメコン川沿いで作られている魚醤です。この地域は、多様な種類の魚醤の生産地として知られていますが、「マムタイ」もその一つとして人気があります。「cá lóc」とよばれる、ライギョ、ドジョウの仲間の身を利用した魚醤です。千切りされた(青い)パパイヤと唐辛子、ニンニク、砂糖などを加えて混ぜ合わせて作られます。マムタイは千切りのパパイヤが混ぜられているのが大きな特徴です。タイ王国の「タイ」ではないので注意。

チャドウック市場ではマムタイだけでなく、様々なご当地の魚醤が売られていることで有名です。

⑨「マムカーリン」mắm(魚介に塩を加えて発酵させた食品)cá linh(小型のコイ科の魚)


マムカーリンはベトナム南部のメコンデルタ地域特にカントー市(Cần Thơ)やアンザン省(An Giang)で生産されている魚醤です。メコン川の増水時期に大量に獲れる小型の淡水魚「á linh(カ・リン)」 を塩と混ぜ合わせ発酵させてつくります。

マムカーリンを使用した料理

・「ラウ・マム (Lẩu mắm)」
マムカーリンなどをベースにしたスープに、エビ、イカ、豚肉、ナス、空芯菜、もやしなどの新鮮な野菜を加えて煮込む鍋料理です。独特の風味と豊かな味わいが特徴で、ベトナム南部メコンデルタの特産料理として知られています。

ホーチミンシティでラウ・マム (Lẩu mắm)を食べることができるお店はLẩu Mắm Bà Dú – Cao Thắng(ラウ・マム・バージュ・カオタン)

Lẩu Mắm Bà Dú – Cao Thắng(ラウ・マム・バージュ・カオタン)

⑩「マムトムチュア」mắm(魚介に塩を加えて発酵させた食品)tôm(小型の淡水エビ)chua(酸っぱい)

マムトムチュアはベトナム中部や南部で親しまれている魚醤で、特にフエ(Huế)やゴーコン(Gò Công)で有名です。主に淡水のエビを利用し、ニンニクや唐辛子、ガランガル(生姜に近い)や塩、白ワインを使って発酵させた調味料です。マムトムやマムルックと違い、エビの形がそのまま残っており、鮮やかなオレンジ色が特徴です。

マムトムチュアを使用した料理

「モンアンケムトムチュアフエ(Món ăn kèm tôm chua Huế)」
こちらは、フエのマムトムチュアの付け合わせという意味で、茹でた豚肉、生野菜
をおかずに白米をいただくというスタイルの食べ方です。

名前 原材料 地域 料理例
ヌクマム (Nước Mắm) カタクチイワシ、アジ ベトナム全土 コムタム、ブンチャー、バインセオ
マムトム (Mắm Tôm) 小型の淡水エビ ベトナム北部 ブンダウマムトム
マムルック (Mắm Ruốc) 小型のエビ ベトナム中部・南部 ブンボーフエ
マムケイ (Mắm Cáy) 小型の淡水カニ ベトナム北部 空芯菜や茹でサツマイモの葉のつけダレ
マムネム (Mắm Nêm) サバ、カタクチイワシ ベトナム中部沿岸部 バインチャンクオンティットヘオ、ブンマムネム
マムズォットカ (Mắm Ruột Cá) サバ、マグロ、カツオなどの内臓 ベトナム中部沿岸部 マムズォットカディア(ナスと一緒に食べる)
マムムク (Mắm Mực) 小型のイカ ベトナム中部沿岸部 マムムクコーティウ(胡椒とマムムクを使った豚肉の煮込み)
マムタイ (Mắm Thái) ライギョの仲間、パパイヤ ベトナム南部 野菜や肉、ご飯と食べる
マムカーリン (Mắm Cá Linh) カ・リン(小型のコイ科の魚) ベトナム南部 ラウ・マム(ベトナム南部の鍋料理)
マムトムチュア (Mắm Tôm Chua) 小型の淡水エビ、ガランガル(生姜) ベトナム中部・南部 モンアンケムトムチュアフエ(茹で豚肉と野菜の付け合わせ)

まとめ

ベトナムの魚醤や料理についてご紹介させていただきました。ベトナムにおける魚醤は日本の味噌や醤油、納豆のように食卓には欠かせない伝統的な調味料であり、米を主食とする食文化との相性も抜群です。日本人にとっても親しみのある食文化であり、魅力的な存在です。

ベトナムでは豊富な水産資源、農作物を活かした健康的な食習慣が特徴です。高温多湿な気候のもとでは、食品が腐敗しやすく、古来から食品を無駄なく活用し、保存する技術が求められてきました。魚醤は、魚介類を塩とともに発酵させることで長期間保存が可能な調味料として登場し、地域によって様々に発展しています。また、発酵過程で生成される豊富な旨み成分は料理に独特な旨みと風味をもたらし、魚介類をもとにしたタンパク質やアミノ酸は重要な栄養補給の源にもなってきました。このように、魚醤は単なる調味料に留まらず、食材の保存や栄養補給という実用的な側面とともに、ベトナムの歴史や地域性、気候風土、農耕文化と深く結びついた文化的・社会的シンボルにもなっているのです。

2025年現在、ベトナムの都心部では、コンビニエンスストアなど近代的な小売業態、外食産業の拡大が急速に進んでいます。都市化の進展と中産階級の増加に伴い、24時間営業のコンビニエンスストアは、多彩な商品のラインナップ、金融サービス、配達サービスなどの利便性からも都市生活者の日常の一部となっています。また国内外のレストランチェーンやファストフード店が次々と都心部に出店し、若年層を中心に食の多様化が進み、都市のライフスタイルも国際色豊かなものへとダイナミックに変容しています。(ホーチミンシティでの外食事情をもっと知りたい方はこちら|TRY VIETNAM)都市化とグローバル化の流れで、食生活の選択肢が増え、ライフスタイルにも変化が現れているものの、多くのベトナム人は昔ながらの健康に配慮した食習慣を大切にしています。伝統と革新が調和するベトナムの食文化の中で、魚醤は独自の魅力と存在感を失うことなく発展を続けています。

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